東京の眼鏡製法

日本の眼鏡の産地といえば「福井県鯖江市」が有名です。

その昔、鯖江の職人に眼鏡つくりを教えたのは、東京と大阪の職人でした。

東京での眼鏡つくりの歴史は古く、江戸時代初期まで遡ります。

昭和30年頃には、東京にもたくさん眼鏡フレームをつくる町工場がたくさんあったようです。

残念ながら現在は1つも存在しておらず、2011年に閉鎖した「敷島眼鏡」が東京で最後の眼鏡工場でした。

東京の葛飾区という下町に工場を構えていた「敷島眼鏡」ですが、プラスチックフレームの製造において、日本最高峰の品質を誇っていました。

敷島眼鏡では、機械で行う作業が少なく、ほとんどの工程を手作業で行う製法は、日本最古の眼鏡製法と言えます。

前回のブログで鯖江産の眼鏡つくりでも挙げた「研磨」や「磨き」の工程においては、特に力を入れており、何年経っても美しい艶が失われることはありませんでした。

敷島眼鏡での研磨は、型を抜いたフレームを、まずはじめに研磨材チップの入ったバレル機に入れます。

研磨材チップは3種類を使います。

東京の眼鏡製法

バレル機による研磨だけで3日間かけて行い、バレル24時間→手磨き→バレル24時間→手磨き→バレル15時間という感じです。

バレル機による研磨の後、バフ研磨を18時間行います。

最後に細かい部分を手磨きで行い、ようやく研磨の作業が終了します。

眼鏡が出来上がるまで150もの工程がかかり、手作業の工程は熟練した職人のみが行います。

手間と時間を掛け、多くの工程に職人の手が入る、手工芸品に拘りを持つところが「敷島眼鏡」の特徴と言えます。
今では眼鏡の素材で当たり前となった「アセチロイド」を、日本で初めて導入したのも敷島眼鏡でした。

昔の眼鏡フレームには「セルロイド」素材が使用されており、可燃性の高い素材ゆえ、工場が良く火事になっていたそうで、廃業してしまう工場もあったとか。

そこで材料製造元と相談し、可燃性の低い「アセチロイド」素材に切り替えたようです。

そんな下町の眼鏡工場「敷島眼鏡」も、県をあげて眼鏡フレーム製造の機械化をすすめていった「福井県鯖江市」におされてしまい、日本最古の伝統製法が途絶えてしまったのです。

一度、途絶えてしまった日本最古の伝統製法ですが、敷島眼鏡のクラフトマンであった渡邉修一氏と、若きデザイナーが手を組み、2014年に横浜で「GYARD」という生産工場として復活しました。

東京の眼鏡製法

GYARDでは、機械では表現できない手作業によるカッティングや、独自の艶を生み出す磨きの工程など、東京の伝統製法を完全に継承した眼鏡つくりを行っています。

東京の眼鏡製法

「TOKYO CRAFTSMANSHIP」 を打ち出した取り組みが評価され、国際メガネ展において2016年に「アイウェア・オブ・ザ・イヤー」を、2018年に「メガネ大賞」を受賞しています。

復活した東京の伝統製法も、次の世代のクラフトマンへ、技術を継承していかなければならない問題があります。

身の回りの物には、AI (人工知能)を持つものが増えて、益々人の手が掛からない時代となっています。

そんな時代だからこそ、東京眼鏡のように職人の手が多く入る眼鏡フレームは、違いをより感じて頂けるのではないでしょうか。

次回は、GYARDで生産される「GROOVER SPECTACLES グルーバースペクタクルズ」というブランドについてご紹介したいと思います。

オードビー大阪店 難波